REPORT

イラク開戦5年 侵略がもたらしたもの

2008年03月24日 17:02:00
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 しんぶん赤旗08年3月24日に掲載。

 開戦から5年になるイラク戦争。ブッシュ政権が「米軍増派による治安の安定化」を喧伝する中、住み慣れた家を追われた人々は現在も、避難民キャンプでの苦しい生活を余儀なくされている。今年2月末から3月上旬、私は約4年ぶりにイラクを再訪、取材を行った。

 活気あふれる市場、通りをゆく女性や子ども達。イラク北東部、クルド人自治区の都市スレイマニアは比較的治安が安定しており、イラクの他の地域からの避難民が集まる街でもある。中心部から車で10分程の空き地に、数十もの布やビニールシート等で出来た粗末なテントが立ち並ぶ。ここには、主にイラク中部からの避難民、約200世帯が暮らしているという。

 アレフ・アブドラ(48)さんも、避難民の一人。イラク中西部ラマディから約半年前ここに来た。「私達一家は武装勢力に脅されていた。実際、父は連中に殺されてしまった…」とアレフさんは語る。彼が米軍に協力していたことが、脅迫の原因だった。「戦前、私はイラク軍で働いていましたが、政権崩壊で失業し、他に仕事は無かった」
武装勢力から恨みを買ったアレフさん一家だが、彼らもまた、戦争の被害者だろう。開戦時の空爆のショックで、娘のイプティサムちゃん(13歳)は、話すことも、立つことも出来なくなり、以来、寝たきりの生活だ。
 
 マルワン・ムハンマドくん(13歳)は、サダム政権崩壊時、略奪が横行したバグダッドから家族と共に、北部の街モスルに移り住んだが、最近、キャンプに避難してきた。
「モスルは危険です。一人残った父は路上で何者に撃ち殺されました。時々、バグダッドに戻れたらとも思いますが、やはり治安が心配です」
現在、マルワンくんは、学校に行っていない。
「母と兄弟、祖父母、叔父の生活を支えるため、道路清掃の仕事をしています」

 「内戦」とまで言われたシーア派対スンニ派の衝突の犠牲者も多い。バグダッドから来た、ジャマル・アベットさん(41)2年前の4月、息子のマハールさん(享年20歳)が殺されたと語る。
「あの朝、息子は仕事に出かける途中でした。突然、シーア派民兵らしき、武装した男達が息子に銃弾を浴びせたのです。息子は必死で自宅まで戻りましたが、そこで力尽きました。彼には、まだ幼い子どもがいたのに…」

 現在、シーア派有力指導者のサドル師が配下の民兵組織に停戦を命じ、スンニ派側も米軍と停戦した「覚醒評議会」が過激派を取り締まっていることや、以前は同じ地域に混在していたスンニ・シーア両派が分かれて暮らすようになったことから、最悪だった’06年~07年前半に比べ、犠牲者数は減っている。だが、今回会った避難民達は皆、「まだまだバグダッドは危険」「米軍は市民を守らない」と不安を隠さない。

 国連各機関の調べによれば、イラク国内・国外で避難生活を強いられている人々は約450万人。イラクの人口の6人に1人が難民化している計算だ。今回訪れたキャンプもそうだが、多くの場合、食糧や水、医薬品が不足し、衛生状態も悪い。イラクの人々の状況は文字通り、人道的危機にある。
一体なぜ、ここまで酷い状況になってしまったのか。5年を機に、ブッシュ政権は改めてその責任を問われるべきだろう。